そっくり人形ヒロのひとりごと 191125 ~聞いてもらいたいわけじゃないけど…~
生きることの意味1
「人間は何のために生きているのだろうか」、そんな哲学的なことを先日の世界哲学の日をきっかけにあらためて考えてみた。「生きることに意味など無い」という人もいる。この問いに正解はないのかもしれないけれど、その答えを探している人は少なくないだろう。生きる意味を見つけられると人生が楽しくなる(のではないか、と思う)。だからこそ皆その答えを求めているのではないか。
誘拐事件に思う
先日、行方不明になっていた小学6年の女児が400㎞も離れた30代男性の自宅にいたのを無事に保護されたという事件が報道された。詳細はよく分からないし、私の耳に入った情報の真偽も定かではないので、この後の記述は正しくないかもしれないが、ここでは事件の真実を解明するものではないので、ご容赦願いたい。
女児と男性はSNSで知り合い、女児自らの意志で男性に会いに行ったと聞いている。女児は学校に行きたくないという思いがあったようで、その点を考えるとそもそもは家出に近いものだとも考えられる。ただ、ここまで大事になるとは思っていなかっただろう。
男性は女児を自宅に連れ込み、外出させず、故意に自分の行いを外部に漏らさないように努めたようである。同自宅には15歳の少女も同居しており、この少女も行方不明として捜索願が出されていた。ただ、こちらは自分の意志で外出しなかったように聞いている。この子こそ自らの意志で家出したように思える。どちらにしても未成年者を保護者に了解なく自宅に住まわせていたことは誘拐という犯罪になると言われて当然だろう。
この男性は、高校受験に失敗してから社会に上手く適応できなかったようである。その末に起こしたのがこの事件だ。本人に誘拐の意識があったのかは不明だが、自分の行いが社会通念上認められないことは理解していただろう。そんなことをしていれば、いずれどうなるかは想像できただろう。この行いは彼にとってどのような意味があったのだろうか。
この事件を聞いて最初に思ったのは、年齢に関係なく、3人とも自分の人生において生きる意味を見失っていたのではないかということだ。小学生だって「何で学校に行かないといけないのか」「何のために勉強するのか」と思うだろうし、友達との関係を上手く構築できない子も多いだろう。そんなことで悩んでいると、僅か10数年の人生しか経験していなくても、この先に生きる望みを持てなくなるのは理解できる。君には輝く未来があると言われても、期待できる未来は見えないのだから。まだあと何十年もこんなにつらい思いで生きなければいけないと思うと、生きていることに意味を見いだせなくなることは十分考えられる。実際に小中学生の自殺のニュースを時々耳にする。
人はそれぞれ考え方や生まれ持った能力が違うので、人生の中でいつ、どんなことに躓くかは分からない。更には躓いた時の起き上がり方も人それぞれだし、倒れたまま起き上がれない人もいるだろう。それは今に始まったことではなく、人類が生まれた頃からある違いのはずだ。他の人が当たり前のように出来ていることが、自分には出来ない、ということが一つあるだけで、その集団から疎外される恐れがある。実際に疎外されなくても、本人の中には劣等感が芽生えて集団の中での居場所を見つけられずに苦しむことになりやすい。
今回の事件は、30代男性、15歳少女、小学6年女児の3人とも自分が生きている意味に悩んでいた末に起きたことのように感じる。思春期に家出を考える子供はいつの時代も一定数いるように思うが、実行することは案外ためらわれるものだ。しかし、そこに手を貸そうとしてくれる大人と出会ったら、その人のことを自分の理解者だと思い込んでしまい、安易について行ってしまうこともあるだろう。手を貸した大人の方も今の社会に適応できない悩みを抱えていれば、誘拐という意識は薄く、むしろその子を救っているという思いがあるかもしれない。見知らぬ人が社会に対する不満という同じ思いをきっかけとして集うことは大人の世界ではそれほど珍しい事ではない。大人であれば自らの意志で集い共同生活しただけでは事件にならない。
ほとんどの人は口に出さなくても何らかの悩みを抱えていると思う。それでも皆普通の顔をして普通に生活している。ただ、それが自分の思い描いていた人生なのかというと、そうでない人は多いのではないか。ふと「自分は何のために生きているのだろうか」と思い、答えを見いだせずに虚しくなることもあるだろう。
「生きるのに意味なんてない」という人もいる。それはある意味正しいのかもしれない。けれど人間は自分の人生をより良いものにしたいという思いがあるので、生きる意味を求めたくなるものだ。反対の見方をすると、生きる意味を見つけられないと生きることがつらくなるのである。自分が生きていることに価値を見出したいというのは当たり前の欲求だと思う。
たとえ小学生でも生きることに真剣に対峙しているものだ。未熟ながらも自分に価値を見出そうとしている。だからこそ友達と競って負けたら悔しいのである。そんな小学生に「生きることに意味など無い」と言えるだろうか。その言葉は「自分という人間に特別な価値は無い」と言っているような気がする。それよりも生きる意味を見つけられるようにサポートしてあげることが大人として適切な対応だと思う。生きることが楽しいと思えるような何かを得ることは年齢に関係なく全ての人にとても大切なことなのだから。
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