最近気になること

　一週間前の4月19日昼に東京池袋で通行人が次々と車にはねられる死亡事故が起きた。87歳という高齢の運転者が青信号で横断中の3歳の子供とその母親を轢き殺し、その他にも複数の被害者がいるにも拘らず119番通報せずに自分の息子に連絡をして自己保身を優先させた（と思われる）事後対応などで大きな批判を浴びている。批判されて当然だとは思うが、その内容には首を傾げたくなるものもある。
　

命の重さ

　この事故で加害者が容疑者ではなく〝さん〟付で報道されていることもあって通産官僚出身の叙勲受賞者に対して何らかの忖度が働いたのではないかという憶測が広まっている。その真偽は不明だが、基本的には加害者が入院中であり逮捕の対象ではないから容疑者とは呼べないという説明で取り敢えずは納得できるので現時点でそこまで声を荒げて非難すべきことではないと思う。
　

　私が気になるのは〝87歳という残りの人生が少ない老人がまだ3歳の幼子の将来ある命を奪うなんて許せない〟という論調の批判があまりにも多いことである。単純に〝運転に不安のある高齢者が事故を起こして他人の命を奪うのは許せない〟と言うなら分かる。でも先の表現だと〝年寄りはあとは死ぬだけなんだから価値がない。子供はまだこの先長く生きて多くの経験を積んでいくのだから価値がある。価値のない高齢者が価値のある幼子を殺すのは許せない〟という意味に受け取れる。〝命の重さは皆同じである〟と教えられてきた身としては受け入れがたい表現である。87歳でも3歳でも命の重さは同じである。どちらかの方が価値があるとかないとか比べるものではないはずだ。
　

　高齢者が自分で〝もう十分生きたからいつ死んでも良い〟言うのは分かる。親が自分の子供を〝世の中で一番価値がある〟と思うのも理解できる。そして〝自分の命よりも子供（孫）の命の方が大事〟と思うことにも異議を唱える必要は無い。しかしそれは当人がそう思うことであって第三者が言うことではない。
　

　もしも若い方が価値があるというのなら人間の価値は年齢と共に変化しているものだと言うことになる。87歳でも84年前は3歳だ。価値がないと言われるこの加害者も昔は価値があったのだ。社会的にも讃えられた実績がある。ではいつから価値がなくなったのだろうか。仕事を引退してからか、歩くのに杖が必要になってからか、それとも事故を起こした瞬間か？。加害者になったからと言うのなら未成年でも加害者にはなり得る。年齢は関係ない。
　

　この事故により加害者と同年代の高齢者は肩身の狭い思いをしているのではないかと心配になる。普段は皆自分を大事に扱ってくれているけどそれは建前で、本心は〝人生が残り少ない奴は価値がない〟と思われているのではないかと疑心暗鬼になりそうである。運転も控えないといけなくなっただろう。家族から止めるように言われる人も多いだろう。まあ、免許を返納できるのならその方が良いとは思う。若くても歳を取っていても運転していれば事故の可能性は誰にでもある。それでも高齢者が事故を起こせば〝またか、年寄りの自覚を持てよ〟と非難を浴びるのは間違いない。事故を起こす確率は若い人の方が高いというデータがあるという話は聞くが…。
　

　結局今回の事故ではその悲惨さと加害者の運転能力や社会的な経歴、事故後の対応、それに関する報道のされ方など多くの要素が関係して憶測が飛び交い正当な批判が出来なくなっている気がする。その中に個人攻撃をしているつもりの発言が高齢者全体を蔑視していることに気付けない人達が多くいる。実はそれこそがその人たちの本音なのではないかとさえ思える。しかし高齢者蔑視は自分自身に降りかかる問題である。皆いずれは自分も高齢者になることを忘れているのではないか。もしかしたら自分は高齢者になっても分別をわきまえられるから大丈夫だと思っているのかもしれない。だとしたらその考えこそが危険なのではないだろうか。